2007.11.27 Tuesday
旅の空の下で2‐命の輝き:高度5250m
あの夜のことは忘れない。
チベットの高地を自転車で走り、高度5250m、チベットで一番高度を上げた日のことだった。高度5000mで空気の濃度は地上の半分以下、明らかに酸素が少ない。空気のありがたさが身にしみる。韓国の旅友キョンとその峠に立ったのが午後の4時すき。晩秋のチベットはあと1時間と少しで暗くなる。
ようやくの思いで峠に立ったけれども、私は正直息苦しさが限界だった。頭が締め付けられ、意識モーロー状態。500m高度を下げれば、だいぶましになるはずだ。
こんな地獄の峠はすぐにあとにしたい。
自転車にまたがれば、すべてが下り坂。500mぐらいの高度はすぐに下げれる。自転車にまたがり、峠をくだると5分ほどで道路整備の宿舎が見えた。
あと一時間で日が落ちる。
時間がない!
もう少し高度を下げたかったが、この先民家があるとは限らない。今晩はここに泊めてもらえるように頼んだ。すぐに寝床をつくり始めた。宿舎には電気はない。日が暮れたら真っ暗になるだからだ。
峠を下っても、
そこは高度約4900m。
こんな高度で寝るのは初めての体験だった。
食事は、非常食のビスケットと干しぶどうを胃袋に押し込んだ。
外はどっぷりと日が暮れて、三日月が夜を照らし始めた。
その日は、いままで一番苦しい道のりに思えた。
すぐに寝袋にくるまると
体にまるで余裕がない。
いたわるように体を横にした。
とにかく息が苦しい。心臓の音がドッキン、ドッキンとうるさい。頭にしめつけがきつい。気が遠くなるなるのをどうすることもできない。
隣ではキョンがすでに横になって呼吸を荒立てて苦しそうにしている。元気そうに見えていたのだが、苦しいの私だけではないことを知った。揺すって意識を確認するが、手当てはできない。手当は、夜中自転車にまたがって高度を下げるしかないのだから。
「あぁ、明日はもう訪れないかも知れない」
自然とそんなことを考えていた。
肉体がぎりぎりのところまで追いつめられていたのだろう。
目を閉じると、一所懸命に燃えている自分の魂がありありと胸の表面のところで輝いているのを実感した。
今にも、肉体から飛び出しそうな勢いがある。
輝く命があり、生かしてもっらていることをそのまま実感できた。
それを素直に感謝する自分がいた。
メラメラと燃えあがるこの魂をもうしばらく燃やしたい。
ただ命の炎をしばらく燃やすこと、それだけが唯一の望みに思えた。
それだけで十分過ぎるように感じた。

高度5250mの峠を下る(翌朝目覚めると、ふたりとも高度順応をしていた)
人は見聞を広めるために、知識を得るために、旅に出るという。
本当の旅の醍醐味は、無いものを得るのではない。
あるはずのものを失うことのほうが、ずっと鮮烈に記憶に残る。
魂がメラメラと輝きだすのは、日常を捨てて、肉体を限界までイジメてはじめて起こる。
未知の領域に自分を追いやる。楽しみとはまるで逆の方向だ。
苦しい、ひもじい、しんどい、痛いを一杯、体に抱え込む。
そこから得るものは、
「何ものにも代え難い体験」が待っている。
少しの見識深めて、知識を増やしたところで、人は輝かない。
あるはずのもの、
食事、水、空気、そして命を失いかけると不思議と命が輝きはじめる。

高度5250m付近
チベットの高地を自転車で走り、高度5250m、チベットで一番高度を上げた日のことだった。高度5000mで空気の濃度は地上の半分以下、明らかに酸素が少ない。空気のありがたさが身にしみる。韓国の旅友キョンとその峠に立ったのが午後の4時すき。晩秋のチベットはあと1時間と少しで暗くなる。
ようやくの思いで峠に立ったけれども、私は正直息苦しさが限界だった。頭が締め付けられ、意識モーロー状態。500m高度を下げれば、だいぶましになるはずだ。
こんな地獄の峠はすぐにあとにしたい。
自転車にまたがれば、すべてが下り坂。500mぐらいの高度はすぐに下げれる。自転車にまたがり、峠をくだると5分ほどで道路整備の宿舎が見えた。
あと一時間で日が落ちる。
時間がない!
もう少し高度を下げたかったが、この先民家があるとは限らない。今晩はここに泊めてもらえるように頼んだ。すぐに寝床をつくり始めた。宿舎には電気はない。日が暮れたら真っ暗になるだからだ。
峠を下っても、
そこは高度約4900m。
こんな高度で寝るのは初めての体験だった。
食事は、非常食のビスケットと干しぶどうを胃袋に押し込んだ。
外はどっぷりと日が暮れて、三日月が夜を照らし始めた。
その日は、いままで一番苦しい道のりに思えた。
すぐに寝袋にくるまると
体にまるで余裕がない。
いたわるように体を横にした。
とにかく息が苦しい。心臓の音がドッキン、ドッキンとうるさい。頭にしめつけがきつい。気が遠くなるなるのをどうすることもできない。
隣ではキョンがすでに横になって呼吸を荒立てて苦しそうにしている。元気そうに見えていたのだが、苦しいの私だけではないことを知った。揺すって意識を確認するが、手当てはできない。手当は、夜中自転車にまたがって高度を下げるしかないのだから。
「あぁ、明日はもう訪れないかも知れない」
自然とそんなことを考えていた。
肉体がぎりぎりのところまで追いつめられていたのだろう。
目を閉じると、一所懸命に燃えている自分の魂がありありと胸の表面のところで輝いているのを実感した。
今にも、肉体から飛び出しそうな勢いがある。
輝く命があり、生かしてもっらていることをそのまま実感できた。
それを素直に感謝する自分がいた。
メラメラと燃えあがるこの魂をもうしばらく燃やしたい。
ただ命の炎をしばらく燃やすこと、それだけが唯一の望みに思えた。
それだけで十分過ぎるように感じた。

高度5250mの峠を下る(翌朝目覚めると、ふたりとも高度順応をしていた)
人は見聞を広めるために、知識を得るために、旅に出るという。
本当の旅の醍醐味は、無いものを得るのではない。
あるはずのものを失うことのほうが、ずっと鮮烈に記憶に残る。
魂がメラメラと輝きだすのは、日常を捨てて、肉体を限界までイジメてはじめて起こる。
未知の領域に自分を追いやる。楽しみとはまるで逆の方向だ。
苦しい、ひもじい、しんどい、痛いを一杯、体に抱え込む。
そこから得るものは、
「何ものにも代え難い体験」が待っている。
少しの見識深めて、知識を増やしたところで、人は輝かない。
あるはずのもの、
食事、水、空気、そして命を失いかけると不思議と命が輝きはじめる。

高度5250m付近





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